ロバート・アラン・カウフマン (Robert Alan Kauffman, 1946年7月13日 - 2015年7月25日) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手、指導者。身長203cm、体重109kg。ポジションはパワーフォワード。NBAのバッファロー・ブレーブス黎明期のエースであり、オールスターに3度出場した。
経歴
ブルックリンで生れたカウフマンはNAIA所属のギルフォード大学に進学し、4年間で平均22.7得点15.9リバウンドを記録した。学業でも優秀な成績を収め、歴史学の学位を修得している。
1968年、カウフマンはNBAドラフト全体3位でシアトル・スーパーソニックスに入団した。1年目はボブ・ルールの控えとして平均7.8得点を記録した。シーズン終了後シカゴ・ブルズにトレードされたが、2年目はさらに出場時間が減少し、平均4.3得点に留まった。
1970年、カウフマンはフィラデルフィア・76ersにトレードされ、直後のエクスパンション・ドラフトで創設されたばかりのバッファロー・ブレーブスに入団した。新天地でエースを任されたカウフマンはプロ3年目の1970-71シーズンに急成長を見せ、平均20.4得点10.7リバウンドの成績でオールスターに選ばれた。この年から3年連続で平均ダブルダブルとオールスター出場を達成したが、一方でチームはシーズン20勝台と低迷した。
1973-74シーズン、ブレーブスはボブ・マカドゥーの台頭もあって初のプレーオフ進出を果たしたが、カウフマンは平均6.1得点と成績が大きく後退した。1974年にアトランタ・ホークスに移籍し、鼠径部と股関節の慢性的な故障により1シーズンプレーした後現役を引退した。
NBAでの成績は、525試合の出場で通算6,049得点3,682リバウンド(平均11.5得点7.0リバウンド)であった。
引退後の1977年、カウフマンはデトロイト・ピストンズのゼネラルマネージャーに就任し、1977-78シーズン途中からヘッドコーチを兼任したがチームをプレーオフに導くことは出来なかった。シーズン終了後、オーナーと対立して全ての役職を辞任した。コーチとしての戦績は29勝29敗、勝率.500であった。
2015年、カウフマンは69歳で死去した。
個人成績
レギュラーシーズン
プレーオフ
外部リンク
- Basketball-Reference.com



