ユーロビジョン・ソング・コンテスト2010こと第55回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(Eurovision Song Contest 2010)は、ノルウェーのオスロ都市圏の西部に位置している、アーケシュフース県のバールムにあるテレノール・アリーナにて、2010年5月に開催された。前年の2009年大会でノルウェー代表・アリャクサンドル・ルィバークの「Fairytale」が優勝したため、ノルウェーは2010年大会の主催国となった。ノルウェーがユーロビジョン・ソング・コンテストを主催するのは、1986年大会、1996年大会に次いで3度目のことである。
2010年の優勝者は、ドイツ代表のレナ・メイヤー=ラントルートによる「Satellite」となった。2位となったのはトルコ代表のマンガ、3位にはルーマニア代表のパウラ・セリングとオヴィディウ・チェルナウツェアヌ、4位はデンマーク代表のChanéeとN'evergreen、5位にはアゼルバイジャン代表のサフラ・アリザデがそれぞれ入賞した。
準決勝は2010年5月の25日および27日に、決勝は29日に行われた。欧州放送連合は、準決勝における投票方式が前年までのものから変更され、視聴者投票のみによるものから、審査員投票と視聴者投票を併せたもとなった。また、伴奏のオーケストラの再導入も提案されたが、実現されなかった。
39箇国が参加し、グルジア が大会に復帰する一方で、資金難などのためにアンドラ、チェコ共和国、ハンガリー、モンテネグロ が離脱し、今大会には参加しなかった。リトアニアも資金難のために不参加を表明していたが、後に参加予定であることが欧州放送連合により確認された。国際的な経済危機はこの大会にも影響を及ぼしており、ノルウェー放送協会はユーロビジョン主催の費用を確保するために、2010 FIFAワールドカップの放映権を競合他社に売った。
ドイツ代表のレナ・メイヤー=ラントルートは、246得点を集めて優勝を果たした。ユーロビジョン・ソング・コンテストでのドイツの優勝は2度目で、28年ぶりのことである。
会場
ノルウェー文化大臣のトロンド・ギスケ(Trond Giske)と、ノルウェー放送協会会長のハンス=トレ・ビェルカース(Hans-Tore Bjerkaas)の間の合意によって、大会のために当初は1億5千万ノルウェー・クローネ(およそ1700万ユーロ)の予算が認められた。これは、フィンランドのヘルシンキで開かれた2007年大会の予算を上回るが、ロシアのモスクワで開かれた2009年大会の予算を下回るものであった。しかし、この予算の額は後に2億1100万クローネ(およそ2400ユーロ)へと増額された。
2009年5月27日にオスロで開かれた記者会見で、大会はオスロ都市圏の域内で行われることが発表された。ノルウェー放送協会は、大会に必要な収容力、会場、インフラストラクチャーを備えた場所の選定を進めた結果、オスロ近郊のバールム市に新しく建設されたばかりのテレノール・アリーナでの開催を決めた。オスロ・スペクトラムも候補に挙がっていたが、大きさや収容力が十分でないとして候補から外れた。
視覚デザイン
2009年12月4日に、モスクワおよびオスロ、バールムの市長によって主催都市記章の引渡し式が行われ、その際にノルウェー放送協会はコンテストのテーマ・アートやスローガン、デザインを発表し、公式にユーロビジョン・ソング・コンテスト2010の幕開けとなった。コンテストのテーマ・アートには、重なり合う複数の円が用いられ、これは「ユーロビジョン・ソング・コンテストを取り巻く人々の集まりと感情の多様性を表現」したものである。ロゴは白を背景色とし、黒、金色、桃色で構成されている。
2010年5月6日に会場が公開された。前年まで用いられていたLEDスクリーンは用いられず、他の照明類に置き換えられた。
司会者
ノルウェー放送協会は、まだ公式にユーロビジョン・ソング・コンテスト2010の司会者を発表していないが、ノルウェーのメディアはその顔ぶれについて予想している。ノルウェー放送協会の番組「Nytt på nytt」や「Først & sist」でそれぞれ司会を務めるJon AlmaasやFredrik Skavlanもその候補に挙がっている他、日刊紙Dagbladetがウェブサイト上で読者を対象に行った人気投票では、TV 2で人気のある二人組のThomas NummeとHarald Rønnebergが首位に立った。TV2のプレゼンター・Dorthe Skappelはコンテスト司会への意欲を表明しており、Dagbladetの人気投票では2番目につけている
形式
投票
2009年11月11日、欧州放送連合は、大会の準決勝での投票方式が変更となることを発表した。この変更では、審査員による投票と視聴者による投票を50%ずつ加算するものとし、決勝での投票方式と一貫したものとなっている。審査員投票と視聴者投票の両方の結果をもとに、各国から参加アーティストへの得点が決まる。2つの準決勝それぞれで、合計得点が上位10位以内に入ったアーティストが、決勝に進むことができる。2008年大会、2009年大会では、視聴者投票のみによって上位9位以内に入ったアーティストと、その他のアーティストのうちで審査員投票で最も得点の高かった1組が決勝に進出する方式をとっていたが、2010年大会ではこの方式は改められることとなった。投票は最後の曲が終わった、15分後に締め切られることが、2009年10月26日、欧州放送連合によって発表された
オーケストラ再導入の可能性
ソーシャル・ネットワーク・サイトのFacebookにて、多くのファンたちがコンテストにおけるオーケストラ演奏の再導入を求めるキャンペーンを展開した。オーケストラは1998年大会を最後にコンテストでは使われなくなった。オーケストラは1956年の第1回大会から毎回用意されてきたが、音楽技術の急速な進歩に伴い、バック・トラックの使用が進む中で、1998年に廃止された。オーケストラの復活を求めるキャンペーンには、5千人近くが加わった。これによってオーケストラを再導入するかについての議論が始まったが、欧州放送連合にはオーケストラの再導入の計画はない。ノルウェー放送管弦楽団のJan Fredrik Heyerdahlは、欧州放送連合やノルウェー放送協会の合意があれば、コンテストの一翼を担う意欲があることを表明している。しかし、最終的にオーケストラ再導入は実現しなかった。
幕間
幕間には、ヨーロッパ各地で行われた、屋外での大人数によるダンスの映像が映し出された。これは、大会の宣伝目的で始められ、後に各地での大規模なフラッシュモブへと発展していったものである。加えて、ウェブカメラによるヨーロッパ各地の個人宅でのダンスの様子も映像に挿入された。ノルウェー放送協会を代表して、今大会の広報部長を務めたPeter Svaarは、「単にユーロビジョン・ソング・コンテストを放送するのみでなく、皆で共有できるように」との思いを述べた。このダンスのために制作された7分半に渡る楽曲「Glow」は、作曲はエレメント(ELEMENT)、歌唱はマッドコン(Madcon)で、作詞は両者の共著による。
組分け
2010年2月7日、2つの準決勝のうちどちらにどの国が参加するかを決めるための、組分けがされた。参加する国は、過去の投票傾向に基づいて5つの組に分けられた。その後、5つの組それぞれから、2つの準決勝の日程のいずれかに振り分けられ、どの国がどちらの準決勝に参加するかが決まる。また、それぞれの日程の前半部・後半部のどちらに登場するかも決められる。更に、準決勝に参加しないBig 4(イギリス、フランス、ドイツ、スペイン)及び主催国のノルウェーが、どちらの準決勝で投票に加わるかも決められる。それぞれの準決勝、および決勝での登場の順番、投票の順番については、3月23日に決定された。
参加国
全部で39箇国が参加の意思を表明しており、2009年大会に参加できなかったグルジアも大会に復帰する見通しである。グルジアは2009年大会で代表曲として選んだ「We Don't Wanna Put In」が、大会の規則に反するものとして参加を認められなかった。
欧州放送連合は、オーストリア、イタリア、モナコの大会復帰に向けて一層の努力をすると表明した。2009年9月、欧州放送連合のディレクタ、Bjørn Erichsenは、記者会見の場で「オーストリアが復帰する」と表明し、更に欧州放送連合は「ルクセンブルクとモナコの復帰を確信できる」とし、「あとはイタリアだけだ」と話した。2009年10月の末に、ユーロビジョン・ソング・コンテスト2010のプロジェクト・マネージャであるOla Sandは、「モナコやルクセンブルクなどの国が、ノルウェーで開催される今期の大会への参加を示唆している」と話した。しかし、オーストリア、モナコ、ルクセンブルクの放送局は2010年大会への参加を否定した。オーストリア放送協会のディレクタであるヴォルフガング・ローレンツ(Wolfgang Lorenz)は、オーストリアは大会には参加しないとし、コンテストは「規制によって廃れてしまった」と話した。モナコのテレ・モンテ・カルロ(Télé Monte Carlo)は、モナコは参加資金の不足などを理由に、2010年大会には参加しないことを表明した。ルクセンブルクのRTLグループは、ルクセンブルクが1993年大会を最後に途絶えていた大会への復帰について真剣に検討していると発表したが、後に大会には参加しないことを確認した。サンマリノも2010年大会への復帰を検討していた。姉妹デュオ・パオラ&キアラ(Paola & Chiara)などのイタリアのアーティストらとも協議を続けていたが、後にRTVサンマリノ(Radiotelevisione della Repubblica di San Marino)は、サンマリノの国家予算やスポンサーから資金を集めることができなかったため、大会参加は見送ると表明した。
欧州放送連合は、リヒテンシュタインの唯一の放送局である1FLTV(1FLTV、1 Fürstentum Liechtenstein Television)との間で、連合への加盟と、ユーロビジョン・ソング・コンテストに新たに加わることについて協議がもたれた。1FLTVのディレクタ、ペーター・コルベル(Peter Kolbel)は、2009年12月に欧州放送連合への加盟資格が認められれば、ユーロビジョン・ソング・コンテストに参加したいと表明し、アイドルシリーズのドイツ版であるDeutschland sucht den Superstar(DSDS)と同様の国内大会によって代表を選ぶことを検討しているとした。しかし、11月に入り、資金難を理由に欧州放送連合への不参加を決定し、2010年大会への参加の可能性はなくなった。1FLTVは、将来的な欧州放送連合の加盟に向けて、必要な資金の捻出について他の方法を検討している。
2009年の7月から12月までに、2009年大会に参加した5箇国が2010年大会への不参加を明らかにしている。チェコ共和国は、同国代表が2007年大会の初参加以降、3年連続で準決勝で敗退したことから、チェコの視聴者の関心が低いとして大会への不参加を表明した。
アンドラの放送局、Ràdio i Televisió d'Andorra(RTVA)は、2010年の放送局の予算が10%削減されたことを明らかにした。RTVAは、大会への予備参加届を提出していた。しかし、2009年12月11日までに大会参加に必要な費用を確保できなかった。アンドラの不参加が決まった後、かつてのアンドラ代表の参加アーティストらは、この決定や、アンドラが大会に代表を出せなくなるという事態を招いた、このことへの関心の低さに対して「失望」を表明した。ハンガリーでも、代表放送局のマジャール・テレヴィージオー(Magyar Televízió)の資金難により、大会には参加しない。モンテネグロと同国の代表放送局であるモンテネグロ・ラジオテレビジョン(Radiotelevizija Crne Gore)も、資金難によって、独立後4年目にして初めて大会への不参加を決定した。
リトアニアの放送局、Lietuvos nacionalinis radijas ir televizijaは、大会参加に必要な30万リタス(9万ユーロ)の確保が出来ないとして、はじめは大会への不参加を公式に発表していた。しかし、後に欧州放送連合によってリトアニアの参加が確認された。参加費用のために、リトアニアの企業Teo LTからの出資があり、これによってリトアニアは2010年大会への参加が可能となった。
結果
準決勝
34箇国が準決勝に参加する。2つの準決勝のうちいずれに参加するかは2010年2月7日に決定され、登場順は3月22日に決定された。
準決勝1
準決勝1は2010年5月25日に行われた。審査員投票と視聴者投票をもとに各国からの得点が決められ、得点の高いほうから上位10箇国が決勝に進出できる。準決勝に参加しない国のうち、ドイツとスペインが投票に加わる。
太字は決勝進出国。
準決勝2
準決勝2は2010年5月27日に行われた。審査員投票と視聴者投票をもとに各国からの得点が決められ、得点の高いほうから上位10箇国が決勝に進出できる。準決勝に参加しない国のうち、フランス、ノルウェーおよびイギリスが投票に加わる。
太字は決勝進出国。
決勝
決勝は2010年5月29日に行われる。25日と27日の準決勝からそれぞれ10箇国が決勝に参加する。また、Big 4(イギリス、フランス、ドイツ、スペイン)および主催国のノルウェーは準決勝を経ずに決勝に参加する。したがって、決勝には全部で25箇国が参加する。投票方式は前年大会の決勝と同様であり、審査員投票と視聴者投票をもとに各国からの得点が決められる。
※スペインは最初のパフォーマンス時に、ステージ上にジミー・ジャンプが乱入するトラブルにより、最後にもう一度パフォーマンスをすることとなった。
得点表
準決勝1
準決勝2
決勝
12点
以下の表は決勝戦において、最高得点である12点がそれぞれどの国からどの国に与えられたかを示す:
トラブル
スペインのダニエル・ディヘス(Daniel Diges)のパフォーマンスのさなかに、カタルーニャ出身で会場乱入の常習犯であるジミー・ジャンプがステージに乱入した。ジミー・ジャンプはバレティーナ(Barretina)を身につけ、ディヘスの歌に合わせて勝手におどっていたが、ステージ上に警備員が上がると速やかに立ち去った。この事故に対して、スペインは決勝の最後に2回目のパフォーマンスをすることが認められた。
再出場のアーティスト
放送
- オーストラリア
- オーストラリアはコンテストに参加できないが、前年と同じくスペシャル・ブロードキャスティング・サービスによってコンテストの放送が予定されている
- 最初の準決勝が2010年5月28日に、後の準決勝が29日に、決勝が2010年5月30日に放送される。放送時間は、オーストラリア時間の19時30分(協定世界時の9時30分)である。
- ニュージーランド
- ニュージーランドはコンテストに参加できないが、Triangle TVの衛星チャンネルSTRATOSによって放送が予定されている。準決勝の放送時間は未定であるが、決勝は2010年5月30日の夕刻に予定されている。
脚注
外部リンク
- Eurovision Song Contest Official Site



![[HD] Eurovision Song Contest 2010 Oslo My top 39 (RELOADED) YouTube](https://i.ytimg.com/vi/p7M1zQQyP6c/maxresdefault.jpg)
